漢字検定について

 

 私の指摘によって、漢字検定(以下、漢検)の答案用紙に記載されていた採点基準が、2010年度第1回検定から変更されたことは、ホームのところで述べた。

 漢検は、公益財団法人日本漢字能力検定協会が実施する検定である。1971年に大久保昇氏は松下電工を退社し、貸ビル業を始めたが、たまたま貸ビル内に漢字塾があり、そこに着目して1975年(昭和50年)に日本漢字能力検定協会(財団法人日本漢字能力検定協会の前身。2013年に公益財団法人となる)を設立、理事長に就任し、同年から漢検を開始した。漢検は、1992年(平成4年)に文部省(現、文部科学省)の認定資格となったことや(2006年度から認定制度が廃止になり、漢検は文部科学省後援の検定になる。しかし漢検協会事件後の2009年に後援は取り消された)、1995年に始めた「今年の漢字」で知名度が上がり、さらに漢検を単位認定や入学優遇に使用する高校・短大・大学が増え、2008年度(平成20年度)には志願者が289万人にも達した。学校をあげて漢検の受検に取り組む小学校があったり、中学校・高校でも多くの学校が受検を推奨するようになったりする状況になると、漢検の答案用紙に記載されていた扌(てへん)や刂(りっとう)の縦画をはねなければ✖という採点基準が、学校の書き取りテストの採点基準ともなっていく。そしてその誤った基準は小中高での細部にこだわった漢字指導を正当化する根拠ともなった。

 私は漢検協会に対し、採点基準を変更することは当然のことであるが、変更する際には必ずこれまでの採点基準の誤りが学校の漢字教育に甚大な悪影響を与えていたことを受検者・学校に謝罪するように、再三要請した。しかし、漢検協会は私の要請を無視し、こっそり採点基準を変更しただけで、決して謝罪することはなかった。こうした漢検協会の無責任ぶりは、次のことにもうかがえる。

 漢検の3級・準2級・2級などには、必ず「熟語の構成のしかた」が出題される。次に示すのは平成14年度に実施された実際の検定問題である。



 漢検協会は「無知」について、オ(上の字が下の字の意味を打ち消しているもの)を正解としてきたが、これは正しくない、誤りである。無知の「無」が下の「知」の意味を打ち消しているのであれば、無知は「知でない」という意味になるはずであるが、無知は「知(知識・知恵)がない」という意味である。「無」は「知」の意味を打ち消しているのではなく、「知」の存在を打ち消していて、「無」は「有」の反対の状態をあらわしている。有知無知三十里という言葉があるように、無知の対義語は「知恵がある」という意味の有知であり、有知の「有」は他動詞、「知」は補語(目的語)である。有知を訓読すれば「知有り」となるので、「有」は日本語では自動詞であるが、漢文では「有」はほとんど他動詞として用いられる。無知もこの有知と全く同じ構成であり、「無」は他動詞、「知」は補語(目的語)である。無知を訓読すると「知無し」となり、「無」は日本語では動詞でさえもなく形容詞になってしまうので分かりにくいのであるが、無知の「無」は他動詞、「知」は補語(目的語)なのである。したがって、無知は「熟語の構成のしかた」としては、オではなく、エ(下の字が上の字の目的語・補語になっているもの)が正解となる。

 2010年(平成22年)当時、漢検協会から次のような記載のある問題集が出版されていた。



 私は2010年(平成22年)に、問題集に記載されていた中から「無益」「無縁」「非行」の三つの熟語を取り上げて、この三つの「熟語の構成のしかた」が「上に否定の意味の漢字がついて下の漢字の意味を打ち消す関係」ではないという考えを示し、漢検協会に対し回答を求める手紙を出した。

 なぜこの三つの熟語を取り上げたかといえば、「無益」「無縁」については、「無知」と全く同じで、無益には有益、無縁には有縁という対義語があり、このように「無〇」に対し「有〇」という対義語が存在するときには、「無」は動詞と考えられるからである。もちろん「無謀」のように「上に否定の意味の漢字がついて下の漢字の意味を打ち消す関係」と考えられる「無」の用法もある。

 「非行」については、非行は「よろしからぬ行為。悪行。」という意味であるから、「非」は打消しの意味ではなく、「わるい。よくない。」という意味であり、漢検なら「非」が下の「行」を修飾する、ウ(上の字が下の字を修飾しているもの)が正解となる。オ(上の字が下の字の意味を打ち消しているもの)ではないのである。

 漢検協会は回答(回答➀)で「非行」については間違いを認めたが、「無」については次のように回答してきた。

 「熟語の構成のしかた」に関する設問は、漢字の熟語を分析的に理解することを通して、それらを日常的な言語生活の中で適切かつ正確に使用し得る能力を高めるという見地から設定されており、それは現代日本語における漢字の理解、運用能力を問うという検定の性格に由来するものであります。

 当該設問の選択肢「上の字が下の字の意味を打ち消しているもの」に当てはまる「無」字の用法については、「打ち消し(否定)」という言葉を、「語ないし文が表す意味内容を、真ないし事実として認めないこと」というように広義に理解するか、「ことばの文法的な機能」として狭義に限定して用いるかによって解釈上の違いが生じ得ます。

 過去の出題において、「打ち消し」を広義に解して、「無」字の用法にも適用してきました。すなわち、「無〇」という形の熟語において、〇に入る語(字)の示す意味内容(事実、状態、程度、性質、行為など)が「無」字を冠することによって否定されているとき、「上の字が下の字の意味を打ち消している」と理解することになります。例えば「無常」は常住という状態が、「無効」は効き目・効能という性質が、「無言」は言説という行為が、「無限」は限界・限度という程度が、それぞれ否定されているという考えによるものです。(中略)

 作問委員会では、見解の分かれるものについては、検定問題という性質を考慮し、出題の可否を慎重に検討し、十分に配慮しております。

 「熟語の構成のしかた」が、「現代日本語における漢字の理解、運用能力を問う」ものであるから、いったいどうだというのか。「無」は現代日本語では形容詞だから、形容詞と考えようということなのか、全く意味の分からない回答である。熟語を「適切かつ正確に使用し得る能力を高める」ことがねらいであるなら、なおのこと「無益」や「無縁」という熟語は完全に日本語として定着しているものの、本来は漢文の構成を持っていることを、正しく理解させなければならないはずである。

 また、「『打ち消し(否定)』という言葉を、『語ないし文が表す意味内容を、真ないし事実として認めないこと』というように」「広義に解して『無』字の用法にも適用」し、「『無効』は効き目・効能という性質が」「『無限』は限界・限度という程度が、それぞれ否定されている」と考えたというのであるが、無効・無限の「無」は性質や程度を否定しているのではなく、あくまでもその「存在」を否定しているのである。どう広義に解しても意味を否定しているとは考えられない。

 さらに、「作問委員会では、見解の分かれるものについては、検定問題という性質を考慮し、出題の可否を慎重に検討し、十分に配慮して」いるとわざわざ述べているが、そうすることは当たり前のことである。それでも「無知」などを出題してきたのは、違う見解があることさえ知らなかったということなのか。全く納得のいく説明になっていない。

 この回答に納得できなかった私は、2011年(平成23年)に改めて三つの質問に明確な回答を求める手紙を漢検協会に送った。すると漢検協会から次のような回答(回答②)があった。

 《Ⅰ》「無益」や「無縁}の「無」の品詞は、動詞ではないのか。

 「無益」や「無縁」における「無」の品詞が何であるかについては判断を差し控えたいと存じます。

 《Ⅱ》「熟語の構成のしかた」に「無益」「無縁」が出題されたとき、「下の字が上の字の目的語・補語に

なっているもの」と解答したら✖になるのか。

 過去、「日本漢字能力検定」熟語構成問題において、「無益」「無縁」を「上の字が下の字の意味を打ち消しているもの」に該当する熟語として出題しました。その際、「下の字が上の字の目的語・補語になっているもの」という解答については誤答と判断しました。(中略)

 作問委員会では、言葉や漢字の用法をめぐる時代の趨勢を踏まえ、設問分野に関わらず、出題の度に改めて検討を加えています。過去に出題された語がそれ以後も必ず出題されるというわけではありません。

 複数の見解のうちいずれかに妥当性を認めることができない場合、出題を見合わせるという判断もあり得ます。「無益」「無縁」などについても、現在、そのような判断が為されています。

 《Ⅲ》今後、協会発行書籍を改訂、増刷などする際に、「無益」や「無縁」などを、「上に否定の意味の漢字がついて下の漢字の意味を打ち消す関係」の例から削除するのか。

 弊協会の発行する書籍に関しても、随時、見直しを行っており、改訂、増刷などの際に適宜修正を行っております。(中略)

 「実際の検定」と、「問題集における収録内容」とを全く同じように考えることはできません。現時点で、お尋ねの語について書籍の中で今後どのような扱いにするかについてはお答えいたしかねます。

 この回答だと、問題集に記載されてはいても、「無益」「無縁」は現在検定に出題されていない、ということになるが、受検者は問題集で勉強しているのである。よくこのような呆れた言い訳ができるものである。そもそも私の指摘がなければそのまま出題を続けていたはずなのに、まるで指摘される前に出題を取りやめていたかの言いぶりである。

 漢検協会は2012年に次のように問題集を改訂した。

 



 「無〇」の例は一新され、「非行」は削除されている。しかし何の説明も加えられていない。恐らく今でも漢検の受検者のほとんど全員が、「熟語の構成のしかた」に「無〇」や「非〇」が出題されたならば、オ(上の字が下の字の意味を打ち消しているもの)と解答するだろう。それ以外のものとして出題されることがなかったのだから、そう答えるのが当然である。問題集を改訂するなら、なぜ「上の字が下の字の意味を打ち消しているもの」以外の「無〇」「非〇」があるという説明を加えないのか。そうした啓発活動が漢検協会の最も重要な役割ではないのか。間違いをこっそり改め、知らぬふりをする。漢検協会は自身の役割も理解していない。

 2010年度第1回検定から、答案用紙に記載されていた採点基準が変更されたことは前述したが、変更された基準においても「漢字の書き取り問題でははねるところ・とめるところなど、はっきり書きなさい。」という文言はそのまま残された。漢検協会は「はねるところ・とめるところ」を太字にして強調してまで、「とめ・はね」になぜこだわるのか。私の漢検協会に対する不信は一向に解消されなかった。そこでそれほどまでに「とめ・はね」にこだわるのなら、漢検協会の「とめ・はね」の採点基準を明確化してもらおうと2012年(平成24年)に、改定された常用漢字を全てコピーして同封し、採点のときにはねていなければ✖になるところに印をつけて、送り返してくれるように返信用のレターパックまで添えて、漢検協会に送付した。

 すると一カ月半くらい経ってから、当時私が勤務していた高校に漢検協会の職員が、回答(回答③)を持って訪ねてきた。持参してきた回答の内容は、「一字ずつの「とめ」「はね」だけを取り上げてお答えすることはいたしかねます。というゼロ回答であった。もちろんコピーとレターパックも返された。

 おおよそ検定試験と名の付くもので、明確な正答の基準を示せない検定試験などがあるものだろうか。漢検以外にはあるまい。「はねるところ・とめるところ」をはっきり書けと書いておきながら、どこをはねないと✖になるのかという質問には答えられない。漢検協会はいったいどのような採点をしているのか。漢検では受検者に答案用紙を返却していない。返却しないのは、漢字のどこを見て正誤を判断しているのか知られたくないと考えているからか。そう受け取られても仕方あるまい。

 元理事長の大久保昇氏が、幸いにも漢字の正誤基準が曖昧であるという認識を持っていなかった、漢字のことをよく知らない人であったから、漢検を始めることができた。漢字の正誤判断の基準を明確にすることは難しいという認識があれば、お金儲けができそうだと思っても、検定を始める気になどならなかったであろう。

 漢検は漢字の書き取りテストの採点基準が、曖昧であることを浮き彫りにした。このことこそが漢検の最大の貢献であると私は思う。漢検は実に偉大な反面教師と言えよう。

 

漢検協会の回答の全文はダウンロードしてご覧ください。

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漢検協会回答➀②③.pdf
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